久しぶりのハイテク軍事スリラー。やっぱおもしろい~~!とはいっても1992年の作品だから、とてもハイテク(現代の最高のテクノロジー)とは言えないのだけど、一気に読ませてくれた。
ときは東西冷戦終結後。舞台は祖国解体の予感に混乱するソビエト連邦海軍・北洋艦隊。弱腰の政府を転覆させて自分たちで軍事政権を立てようと企てる北洋艦隊司令官ジェミノフと原潜の艦長マラコフは、原潜に搭載された、大都市を一瞬にして壊滅させる核弾頭ミサイルを盾に政府を脅迫しようとする。クーデターを阻止しようと追撃するのは、原潜の開発責任者で海軍士官の憧憬の的であるゼンコ艦長。
まず無理やり仮想敵国を設定せず、クーデターに仕上げてあるので物語がシンプルでいい。また原潜の攻防は北の海の分厚い氷の下で繰り広げられるので、外界との通信手段が制限されているのもいい。その海域にたまたま偵察に来ていて追撃劇の傍観者となったアメリカの原潜が、謎の潜水艦として大きな役割を果たしているのもおもしろい。
なかなか過激な訳者あとがきが実に的を射ているので、少し引用させてもらう。
「"ポルノでいうなら、これはハードコアだ"という本書に対するオマージュ(?)がある。たしかに情緒もヘッタクレもあったものではない。全編その部分だけでびっしり埋めつくされている。キャラクターの心理描写や内面の掘りさげなどは端から考えていない。余計な衣服はきれいに剥ぎとられ、もうあなた好みのナニのテンコ盛りなのです。ここまで潔く割りきってしまえば、かえって気持ちがよろしい。」
というわけです(^^;)。読後感はなかなか!
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本書はそうそうたる推理作家が書きつないだ、長篇リレー・ミステリである。翻訳は中村保男氏だが、あるところでたまたま「作家によって訳の文体を変えられたのですね」「いえ、原文に沿っていったらそうなったんです」という風なコメントを読んで、興味をかきたてられたわけだ。
ふつうの物語ではなく、「本格推理小説」を総勢13名で書きつないでいくとどうなるのか? 内容に関して何の申し合わせもなくて、果たして事件は解決するのだろうか? その点にも興味を引かれた。
執筆にあたっては、ふたつのルールが取り決められている。まず、前の担当者が書いた内容は、細部に至るまで尊重すること。うっちゃり?はなしというわけだ。もうひとつは、どれだけ話をふくらませてもいいが、必ず自分なりの事件の解決法を見つけ出しておくこと。各作家の解決法は文末に載せられている。
そして読後感は……。うーむ、おみごと!というほかない。
最初の方はややまだるっこしい感は否めない。作品の方向が定まっていないのだから、作者にも方向性が見えていないのだから、読者がうろうろするのも当然かもしれない。中盤は、「物語の展開」という骨格がふつうの作品より見えやすいような気がした。うまく言えないのだが、場面転換・新たな登場人物・新たな展開、といった流れが、わりとくっきりと浮き上がって見えた。
そして最終章、これは圧巻だった。ほぉ~~あれだけふくらんだ話をこうまとめてくるか!と、思わず深く納得してしまった。あとがきに内容に関する矛盾点が若干挙げられているし、たしかにちょとごり押し?の部分や散開?してしまったような箇所もあるが、それでもやはり、おみごと!というしかない。興味の尽きない一冊だった。
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『強行着陸』by ウイリアム・ハリントン
トッププログラマー、ダリウスは、コンピュータソフトの開発に関してはまさに天才だったが、ビジネスの才覚には乏しかった。自社の経営権をMBAの肩書きを持つエリートたちに奪われ、名ばかりの社長職に追いやられたダリウスは、悪質なウイルスを自社ソフトに紛れ込ませ、全米の航空機予約システムに侵入させて、感謝祭前日の空港を未曾有の大混乱に陥れた。
エリートたちの息の根をとめてやろうと復讐に燃えるダリウスのもとに、ひそかな打診があった。それは、南米発の大型機をひそかに米国に着陸させるために、航空管制塔のコンピュータを誤作動させるようなウイルスの制作は可能かというものだった。そうやって何十トンというコカインを密輸しようというのだ。南米の巨大麻薬組織と天才プログラマー対、連邦航空局とセキュリティーコンサルタントの息詰まるような戦いがはじまった。
1992刊行だからやや古だけど、奥付を見ると第11版まで出ている。ハイテク技術に関してはさすがに最新とは言えないだろうが、まだまだ十分説得力がある。コンピュータの専門用語も出てくるがストーリーを追ううえで苦労するほどのことはなく、管制塔のシステムや領空侵犯の緊張感など、なかなか読みごたえがあった。
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邦訳はまだこれしか出ていないけど、底抜けに明るい復讐物語、シリーズ第一弾。
幼いころに両親を亡くしたニキ。だが、施設に入れられる前に大富豪のマイラが救いの手を差し伸べてくれ、以来マイラの娘のバーバラとともに、姉妹のように育てられてきた。弁護士として活躍する一方で、敏腕検事のジャックとのゴールインも間近なそんなある日、バーバラが交通事故で帰らぬ人となる。だが加害者は、外交官特権に守られていて、法律では手の出しようがなった。
マイラは絶望のあまり腑抜けのような日々を送っていたが、テレビ中継されたある事件の顛末に、大きなショックを受ける。それは、法律の間隙を縫って無罪放免となった殺人犯が、釈放されるその日に、被害者の母親に射殺されたというものだった。目には目を――マイラは自分の莫大な財産と、イギリス諜報部員出身の忠実な執事の専門知識に目に物言わせて、法に泣かされた女たちのための秘密結社〈シスターフッド〉を立ち上げようと決意する。
十分な資産(マイラ)、情報収集やハイテクのプロ(執事兼マイラの恋人のチャールズ)、法律の専門家(ニキ)、それぞれに個性的で愛すべきキャラクターの、法の被害者となった女性たち〈シスターフッドのメンバー〉、人生の表舞台では一見非の打ち所のない社会生活を営みながら、その実、人間性は腐っている加害者の男たち、と、勧善懲悪の鉄槌を下すうえで欠かせない要素はすべてそろっている。もちろん何もかもが思いどおりに進むわけはなく、仲違いをしたり、落とし穴や手違いがあったり、ジャックのずば抜けて鋭い検事の勘に脅かされたりしながらも、〈シスターフッド〉たちは次第に心をひとつにして、目標に向かって邁進する。
彼女たちのやっていることはたしかに法に抵触する。法を遵守する誓いを立てたニキが、恋人のジャックを敵に回して苦悩するのは当然だろう。だが、法律が百パーセント機能しているわけではないという事実、得てして弱者は虐げられ、泣き寝入りするしかないという現実の前に、本作ではニキはジャックと袂を分かつ。2人の関係が今後どうなるかも、気になるところだ。夢物語とはいえ、読んでいて痛快このうえなく、続刊が楽しみなシリーズだ。
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『崖の家』byトム・サヴェージ
カリブ海のセント・トマス島には何不自由なく暮らす人々が多く、崖の上の屋敷に住むケイも、弁護士だった夫が事故死したショックから立ち直ると、ヨットマンのアダムと再婚して優雅に生活していた。だが、13歳になる娘のリザのオーペアとして、島に滞在していた若く美しいダイアナを家に招いたときから、のちのち新聞の一面を大々的に飾ることになる事件への、カウントダウンが始まっていた。
冒頭、まず読者は、20年前に起きたショッキングな事件を突きつけられる。深いトラウマを負っているはずの人物は、果たして本書のどこにどのように登場するのか? またそのトラウマがその人物にどんな影響を及ぼし、それが引き金になってどういう事件が起きていくのか? などなど、初っぱなから色々と考えさせられてしまう導入だ。
また、場面によって視点人物を変え、その時々においてその人物の内面を掘り下げていく手法と、同時に、意図的に個人名を出さず、「彼は――」「彼女は――」という形で、視点人物をぼかす手法を混在させることで、サスペンスはいっそうの盛り上がりを見せる。
その一方で、作者は「切り札」を出し惜しみせず、わりと早いうちから読者に少しずつ手の内を見せてくれるから、じっくりと話の展開を追うこともできる。このあたりの兼ね合いは、実に絶妙ではないかと思う。ロバート・B・パーカー、ローレンス・ブロック、ジョナサン・ケラーマン、ウェストレイクなどが本書を絶賛したというのも、深く頷ける。
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シャーロット・マクラウドの別名義、ディタニー・ヘンビット・シリーズ第1弾。
舞台はカナダ東部の小さな町で、この町の住人はみな、揺りかごにいるときから弓矢をつがえているほどアーチェリーが得意。その町の古い大きな家で、ひとりで秘書代行サービスを営んでいるディタニーは、大切な顧客である小説家の「あいや」「うぬ」といった大仰な言葉を清書するのに疲れ、矢筒を背負って近くの「魔の山」まで散歩に出かけた。
すると、珍種植物が自生する町の共有地で、掘削機を使おうとしている男がいるではないか! 浸透度テストで排水具合を調べるという男と押し問答をしていると、空を切って飛んできた矢がぶっすりと木の幹に突き立った。さらに、そのテストを言いつけたはずの水道課の課長が、矢で地面に串刺しにされていた。この平和な町に何が起ころうとしているのか?
町中でアーチェリーが盛んという設定からもわかるように、とにかくあれもこれもおかしくて、どこでもここでも笑わせてくれる。古きよき町では、行事の際にも事件の際にも独特の団結心が発揮されて、若くて素直で活きのいいディタニー(と、彼女が住んでいる大きな家)は、町の婦人会でも引っ張りだこなのだ。ディタニーがあれやこれやで八面六臂の活躍をする一方で、事件もなかなか説得力のある解決を見る。軽やかなロマンスまで絡んで、なかなか楽しめる1冊。
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シャーロット・マクラウドの別名義、マドック&ジェネット・シリーズ第2弾。
カナダ騎馬警官隊のマドック・リース警部はふとしたきっかけから、前作『殺人を一パイント』で知り合ったジェネットと、クリスマス休暇をシャルール湾に面したコンドリック一族の屋敷で過ごすことになった。電気も通じていない人里離れた屋敷では、英国の伝統を守り続ける当主スクワイアとその義母、スクワイアの4人の息子・娘たち夫婦、彼らのハイティーンの子どもたちが集い、型破りなクリスマスの宴が陽気に始まろうとしていた。
だが、「入れ歯が見つからない」という理由で姿を見せなかった高齢の義母が、ベッドで冷たくなっているところを発見される。その翌日には、義母の霊験豊かな妹が、吹雪の中で凍死死体で見つかる。「政府関係の仕事」と身分を偽っていたマドックは、ジェネットをアシスタントに捜査を開始する。
ミステリ部分はもちろんだが、それ以外にもマドックとジェネットの清らかな恋愛模様、屋敷に集う面々の個性豊かなやり取り、コンドリック一族のユニークなクリスマス行事、オーロラのごとく夜空に出現する謎の幽霊船などなど、あちこちにお楽しみが散りぱめられた1冊だ。実は謎解きに至る過程は、若干強引な気がしなくもないのだが、それは野暮な突っ込みというものだろう。
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舞台はフロリダ、主人公アリーの生業は「運び屋」だ。それも、ヴェトナム帰りの父や父の相棒(ともにSEAL出身)がその仕事に携わるのを、幼いときから目の当たりにしてきた筋金入りのプロだ。ウエイトレスをしながら大学に通ったこともあったが、運び屋の方がイージー・マネー{楽な稼ぎ}になると気づくと、あっさりと鞍替えした。
だが今回の仕事は、どこか勝手がちがった。一抹の不安を覚えながらシアトルで待機しているときに、父の相棒が、父の死を知らせてきた。おまけに受け渡しの場所では、取引の相手とおぼしき男がトイレで殺されてしまった。だが彼は殺される直前、アリーのジーンズのポケットにこっそりと1枚のディスクをすべり込ませていた。身の危険を感じたアリーは、もと運び屋のマークのところに逃げ込んでディスクの内容を確認するが、その直後、今度はマークが殺される。ヴェトナム時代の極秘任務に関わるディスクをめぐって、アリーと姿なき敵の攻防が始まる。
女性が主人公にしてはかなり骨太で、ハード・ボイルドとしても十分に読みごたえがある。なにせアリーは銃の達人で、決死の闘いに臨む際には、足首用ホルスターにロング・サイレンサーつきベレッタを、Tシャツの下の肩用ホルスターには(たぶんヘッケラー・コッホの)45口径を、ジーンズの尻ポケットには愛用のワルサー(ワルサー以外は敵からの分捕り品)を、淡々とすべり込ませて戦闘に備える女性なのだから。
わけもわからないまま命を狙われながら、判断力、気力、体力を総動員して一連の出来事の背景を探っていくアリーには、悲壮感のかけらもない。また、マスタングを駆って大陸を突っ切るアリーの先々で顔を合わす脇役たちは、実に現実的で、ゆるぎない存在感がある。ときおり差しはさまれる父親にまつわる回想も、感傷をぎりぎりまで削ぎ落とした、客観的な分析に近いものを感じさせる。それなのに、作品の底には切ないような感情が流れている。
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『不安な関係』byジェイン・A・クレンツ
うーん、「NYタイムズ・ベストセラーリスト、32週連続ランクインの実績」という帯の文句に引かれて買ったのだけど、いちおうはミステリ仕立てなのだけど、ちょ~っと陳腐と言わせてもらおう(^^;)。
ハーレ並みのマッチョ=支配型・管理型・強引型でありながら(この手の男は、もうあまり受けないような気がスル)、意志の力で理解を示そうとするトール、奔放で強気というより支離滅裂という印象のアビー(ああ、だめよだめよと言いながら、肉体は心を裏切って……という部分は分かるのだけど、言動全般に説得力がないというか、どうしてそういう言動になるのか少々理解に苦しんダ)。
ロマンスとしては楽しめないこともないけど、わたしとしては○とは言えません~。
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物語は、戦没者記念日の朝に、ヴェトナム戦争で命を落とした兄の墓所を訪れる、保安官スペンサーの回想から始まる。さりげなく、だが丁寧につづられたこの場面のおかげで、スペンサーの憂いと、彼を取り巻く今も昔もほとんど変わり映えのない、平和でけだるい田舎町の様子が伝わってくる。
その朝一番の仕事は、ともすれば母親と同じ口調でスペンサーをあしらおうとする、年配の夫人からの苦情だった。苦情のもとは、最近町の豪邸を買い取った「かつての」有名フォーク歌手、ペギー・マリヤンの犬だ。スペンサーは彼女の邸まで足を運んだ際に、ペギーが思いがけず自然体の女性であることを知って、そこはかとない好意を抱くようになる。
だが数日後、ペギーのもとに脅迫めいた不気味な手紙が届いた。さらにペギーの犬が無惨な殺され方をしたり、牧場では羊が惨殺されたり、ごくふつうの女子高生が惨殺死体で発見されたりと、不穏な出来事が続く。それら一連の事件の影には、ぼんやりと、ヴェトナムという共通項が透けて見えた。
事件そのものは、どちらかというとシンプルだ。が、それと並行して進むスペンサーのほのかな恋愛や、彼の学年で二十年ぶりに同窓会が開かれるという設定、そのために三々五々と町にもどってくる同窓生の挿話、あるいはこの田舎町に住むヴェトナム帰還兵の過去の重苦しい傷跡などが、物語に複雑な陰影をつけている。しっかりと書き込まれていながら、ゆらゆらとたゆたうようなあてどなさがあるのは、スペンサーその人の憂いのせいかもしれない。マガヴィティ賞受賞。
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期待と不安に満ちて入学した大学で、いつの間にかできあがった男女ゲイ混合グループは、そのまま生涯の親友になった。だがキャスの大親友で、崇拝されることの好きなポーシャは、仲間のジョシュに手を出したあと、みんなと疎遠になる。また大失恋をしたキャスは、傷つくことが恐いのと、あまりにグループの居心地がいいために、頑なに仲間うちにこもる。そうこうするうちに10年が過ぎ、それぞれに結婚したりキャリアを積んだりしながらも、友情は小揺るぎもしない。
ここまでが前置き。キャスは広告代理店でバリバリと働いていたが、相変わらず男っけはなく、パートナー募集中のゲイのサイといいコンビだった。そんなある日、ジョシュの妻で料理上手のルーシーから、カフェを併設した本屋を始めないかと誘われる。本屋経営はキャスの長年の夢だった。キャスは恵まれた職場を捨ててビジネスに乗り出す。それがきっかけになって、長年疎遠になっていたポーシャとのつき合いがまた始まった。が、ポーシャという人物はいい意味でも悪い意味でもまわりに及ぼす影響が大きく、仲間うちに何やらぎこちない雰囲気が漂い始める。
裏も表も知り尽くした仲間たちが、互いにいたわり支え合いながら、それぞれに充足した人生をめざして四苦八苦しているさまが、何とも心さわやかだ。一番のメッセージは、あのときああすればよかった……と、老年に差しかかってから後悔しない人生を送ること。キャスは思い込みがはげしく、それが話を複雑にしているのが少々目につくが、それでも、これほどすばらしい友情を育んできたグループの歴史には拍手を送りたくなる。
コミカルながら、人間の感情の機微を実によく捉えてあり、軽快なのに、ずっしりとした手ごたえを感じさせてくれる1冊。ラストはもちろんハッピーエンドなのだが、その前の大どんでん返しはかなり強烈だ。
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母親手作りの、30本のロウソクの立ったケーキを囲んで、父親と祖父と誕生日を祝うアナは、彼氏いない歴30年。ひとり暮らしをしながら、百貨店の婦人服売り場主任としてバリバリ仕事はしているし、将来は自分の店を持ちたいという夢もある。だが、大親友のクレアが子育てに追われているのを見たり、実家で両親と話をしたりすると、それなりの焦りも感じずにいられない。
そんなある日舞い込んだのが、3カ月後の同窓会の案内状。セレブにのし上がったらしいかつてのいじめっ子ビクトリアが、(自分の境遇を自慢するためか他人をあざ笑うためか)パートナー同伴でぜひうちの屋敷までお出かけくださいといってきた。ビクトリアを何とか見返してやろうと、アナのパートナー探しが始まる。
と書いてしまうと何やら軽い印象だが、実際に翻訳のタッチもやや軽めだし、アナの行動も決して慎重とはいえないのだが、仕事をするうえではかなりやり手のアナの側面や、職場につきものの、些細なことだけどけっこう重たい悩み、幸せな家庭生活を営んでいるはずのクレアの憂い、それから思わずにやにやしてしまうラスト・シーンなど、けっこう楽しませてくれる。
また舞台はアイルランドのダブリンで、このところ勉強会などでちょこちょことアイルランドに触れていた私には、知った名前が出てきたり、ダブリンの若者の今どき模様などもよくわかって、なかなか興味深い1冊だった。
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『雨の牙』byバリー・アイスラー
日米のハーフで、自分をどこかしら根無し草のように感じているジョンは、ヴェトナム時代の数年をアメリカ軍特殊部隊で過ごしたのち、現在は知る人ぞ知るフリーランスの殺し屋として日本にいた。
政治がらみの今回のターゲットを心臓発作に見せかけて首尾よく抹殺した直後、電車内にくずおれた彼を助け起こそうとした男が、そのポケットを探っていたことがジョンの心にかかっていた。コンピュータセキュリティのプロである知人にその後の動向を探ってもらう一方で、ジョンはふとしたことから美貌のジャズピアニストみどりに心を惹かれるようになる。だがみどりは先のターゲットの娘で、例のポケットを探っていた男が接触を図っていた。
そんな折、今度はその娘の方を抹殺してくれという依頼を受ける。にわかにあわただしさを増したみどりの身辺に目を光らせているうちに、ジョンはいつしかみどりを護衛するようになる。誰が、何のために、みどりの父を抹殺し、今度はみどりを狙っているのか探っていくうちに、みどりの父が、日本の政界を根底から覆す内部告発のCDを誰かに手渡そうとしていたことを突き止める。政界や警察、外国メディア、果てはCIAまでが、そのCDを手に入れるべく、みどりとジョンの追跡をはじめる。
殺し屋が主人公の小説につきものの微妙な翳りが、この作品には希薄に感じられる。自然死に見せかけるために銃を使わず、ハイテク機器を駆使するからか、あるいは、たびたび登場するジョンの追憶のおかげで、彼自身が心に傷を負った人間味のある人物として描かれているからか。といってもウエットな重苦しさもなく、かといって非情に徹したドライな雰囲気でもなく、ジョンという人間が、その葛藤を含めて、淡々とあるがままに描かれている。
作者は日本に造詣が深く、舞台のほとんどが東京だが、そのせいですんなりと心に入ってくるのかもしれない。だが政界と建設業界と警察の癒着、それを裏から操る陰の政党の存在、あるいはヴェトナム戦争時の私利私欲にまみれた裏側、あるいは政界の汚点につけ込もうとするアメリカ政府など、物語のスケールはなかなかに大きい。また柔道をたしなむ主人公の闘いっぷりは、スピード感と迫力にあふれて読みごたえがある。あとくちのきりりと爽やかなハードボイルドといったところか。
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妻を愛しすぎたゆえに、ひとつの殺人事件とひとつの自殺を防げなかったある精神科医の、これは告白であり、懺悔の物語でもある。
大病院のレジデントとして勤務していたキャルは前途洋々の精神科医で、身内のお膳立てで婚約したも同然の相手がありながら、ウエイトレスをしていたマリーのとりこになって結婚し、地元を遠く離れた土地でクリニックの所長になった。3人の子供にも恵まれ、幸福そのものの家庭生活を営む2人は、結婚後15年を経てなお熱烈に愛し合っていたが、マリーには触れられたくない過去があることをキャルはおぼろげに感じていた。
ある日、町のおえらい方の思惑のせいで、ひとりの青年を特別にクリニックに預かることになる。ピーターは女性への暴力、教会への放火、警官に銃を向けるといった罪に問われていた。会ってみると信じられないほど無垢な青年ではあるが、その心の奥底深くには大きな傷を受けていた。そしてその青年と、キャルの自殺した姉がオーバーラップすることから、キャルのこれまで平穏だった心が揺らぎはじめ、またマリーによく似た女性が森で男と会っているのを目撃してから、彼女の過去に対してさまざまな疑念を抱きはじめる。
重たい……。一人称の告白形式をとっていることと、その告白にやたらと意味を持たせようとするせいで、同じような表現が重複し、堂々めぐりのひとり芝居の印象をぬぐえない。ま、そうやって主人公のふがいなさというか、人間の弱さを描いているのかもしれないが。それにしてもちょとしつこい。ただピーターとマリーは複雑な陰をにじませながらも、非常に透明感のある人物に描かれていることと、巌のようなハニカット警察署長の人間臭さのせいで、まだしも救われているという感じか。
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『硝煙に消える』byジョージ・P・ペレケーノス
家電販売店で働くニックは、倉庫補充係という下っ端から店頭の販売員を経て、三十代を目前に広告ディレクターとして管理職に名を連ねるところまで昇進した。だがどこかに残っていたおとなになり切れない部分を、大きく刺激したものがあった。それは、失踪したアルバイト少年の行方を追ってほしいという、少年の祖父の依頼だった。ニックはその少年と同じく海外からの移民で、祖父に育てられた過去があった。
適当に言いつくろって店頭販売にもどることで時間を作ったニックは、手近なところから少年の足跡をたぐっていくうちに、よけいなことに首を突っ込むなと叩きのめされる。それでも、少年がパンクグループの男と謎の女を交えた3人組で町から離れたことを突き止め、たまたま休暇をとった販売員の仲間を道連れにあとを追う。だがパンクグループの男が惨殺死体で見つかり、どうやら麻薬が絡んでいることがわかってくる。
とまあ筋書きを追ってみたが、これほど文字にした「あらすじ」と、実際の「雰囲気」がちがう小説もめずらしいような気がする。舞台背景は家電製品の小売り店というなんとも所帯じみた設定だが、そこの仲間たちはけた外れにファンキーで、信じがたいほどの無軌道ぶりながら、切ないほどの情味を感じさせてくれる。
行間からたちのぼってくる祖父と孫のきずな、さりげない故国への思い、おとなになり切れない自分への、決して卑下でも自己嫌悪でもない爽やかなあきらめ、正義論や良心を大上段に振りかぶることなく、あたりまえのように実行する勇気、そういったものを静かにあぶり出しながら、物語は現実臭く、無軌道に、血なまぐさく、しっとりと、あれこれ矛盾する要素を含んで進行していく。渋いなぁ……。
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『Yの悲劇』byエラリー・クイーン
ドルリイ・レーン四部作の第二作目。外洋からニューヨークへもどってきたトロール船が、腐乱死体を引き上げた。それはヨーク・ハッターという大富豪で、ニューヨークでも奇矯な一族として知られた家の主ながら、スキャンダラスなほかの家族の面々に比べると、本人は存在感の薄い人物だった。
その二カ月後、悪名高いハッター家では毒殺未遂、一族に君臨してきたハッター未亡人の殺害、屋敷の一室から出火と、物騒なできごとが立て続けに起きる。サム警視、ブルーノ検事、そして名探偵ドルリイ・レーンが事件の解決に奔走するが、一貫性のない犯人のやり口に謎は深まるばかり。
なるほどねぇ……と、ラストはおもわずうなずいてしまうほど、理論の組み立てに破綻が見られない。犯人を示唆する伏線も大胆で、読者の盲点をみごとについている。だが全体的にやや大仰というか、終盤にしてももう少し別のやり方があったのでないかという気がしなくもない。だって陽気で意気軒昂なドルリイ・レーンが打ち沈んでいる図は、あまり見たくないんだもの。
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深夜のショッピングモールで警備員に発見された少女は、全身くまなく魚の鱗の入れ墨が施されていた。少女は一切口をきこうとせず、収容された養子斡旋所では眠ったままでいくども自殺を図ろうとした。彼女はいったいどんな目にあっていたのか? 斡旋所の所長は少女の背後にただならぬ存在を感じ、サーカスで見せ物になっていたから少女のことを理解できると養子縁組を申し込んできたルーシーに、極秘のうちに少女を託す。その直後、所長も、所長の秘書も何者かに襲われて殺される。
つらい過去を持つルーシーは少女をエマと名付け、介護ヘルパーとして働きながら彼女の力になろうとするが、その一方で、自分がエマの存在に癒されているのを感じる。ルーシーは、エマが当たりまえの人生を送れるようになるには過去と対決する必要があると考えて手掛かりを追いはじめるが、執拗にエマをつけ狙う魔の手に捉えられてしまう。
たまたまテレビで全身が入れ墨で覆われた男性を見た。頭にまで施した入れ墨、巨大な鼻輪、スプリット・タンなど、いわゆる「肉体改造」をして目立つことが目的のようだった。もうひとりは自然のなかで生活したいと言って、自ら全身に豹もようの入れ墨をして、密林のなかで暮らしていた。
彼らは別にそれでかまわない。自分で選んだことだから。だが抗う術を持たない年端もいかぬ少女が、おとなの歪んだ観念の犠牲になる図はとにかく痛ましい。ただ彼女は強い。そして賢い。絶体絶命のピンチに冷静に頭を働かせ、自分で道を切り開いていく。そのたくましい生命力を引き出したのは、おそらく少女が生まれて初めて接した、ルーシーの打算のない愛情だろう。最後はハッピーエンドで救われた。
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作者はイギリス、スパイ小説の大御所で、ご本人も情報部で活躍したそうな(ここ)。主人公は、『寒い国から帰ってきたスパイ』をはじめほかの作品でも、陰の演出者として重要な役割を果たす人物で、スマイリーという。ひとことで言うなら、ジェームズ・ボンドと正反対。小柄、貧相、ひ弱、垢抜けない、目立たない……などなど、外見にはスパイの颯爽たる面影はかけらもない。
情報部生え抜きのメンバーであるスマイリーは、ドイツ文学の講師という隠れ蓑で長年国外に派遣されていたが、部が不動の存在となった今、イギリスに呼び戻されて若手の育成にあたっていた。ある日、外務官僚フェナンについて匿名の情報が寄せられ、スマイリーは通常の手続きを経てフェナンを尋問する。ふたりはお互いに相手の力量を認め、スパイ容疑もきれいに晴れて、友好ムードのうちに別れた。だがその晩、フェナンがスパイ容疑を苦にして自殺を図ったとの知らせが届く。
どう考えても腑に落ちないスマイリーが翌朝早くに未亡人を訪ねていくと、8時半にオペレーターから電話が入った。調査の結果、そのモーニングコールを依頼したのがフェナン自身であることがわかり、さらにスマイリーのもとにはフェナンから、相談事があるので昼食をともにしたいという手紙が届いていた。調査に乗り出したスマイリーはほどなく、何者かに襲われて瀕死の重傷を負う。
オーソドックスのひとことに尽きる。だが決してお粗末という意味ではない。ハイテク機器を駆使した冒険ものではなかなか味わえない、古きよき時代をじんわりと堪能させてくれる。風采のあがらないスマイリーだが、(いったん逃げて縒りを戻したがっている)美貌の妻がいたり、調査に協力するよう派遣されてきた警部や他部門の諜報部員といつのまにか親友になったり、敵味方に分かれてしまったかつての仲間のために涙を流したり、事件を丸く収めようとしていた上司が復帰を要請するようになったりと、その男っぷりをうかがわせるものが随所に見られる。こういうヒーローらしくないヒーローも、なかなかすてきなものだ。彼が『寒い国……』ではどんな風に登場するのか、興味をかき立てられてしまう。
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舞台はスペイン内戦が終結して三年後のマドリード。いまだ戦後の傷跡もなまなましい町では、勝利をおさめた治安警備隊の傍若無人なふるまいと、厳しい残党刈りが横行していた。
とくると何やら身構えて読んでしまいそうだが、物語は、七歳の少女が学校から帰る途中の描写からはじまる。少女は、治安警備隊員の姿を見かけてとっさに隠れるが、直後に銃声を聞き、その死体を目にするや家に逃げ帰る。その場に落としてしまったノートを拾いに行った少女の知人は、現場に急行した治安警備隊員のテハダ軍曹に、犯人とまちがわれて射殺される。軍曹は、殺されたのが自分の無二の親友と知って愕然とする。
だが、ふたりひと組で行動することが義務づけられ、この町では怖いもの知らずのはずの治安警備隊員が、ましてや卑しいところのかけらもなかった親友が、なぜ、誰に、殺されなければならなかったのか。おりしも部隊では、食糧が闇市に横流しされており、それに親友が関わっていたという噂まで洩れ聞こえてきた。テハダ軍曹は死体のかたわらに落ちていたノートをたよりに、事件の背景を探りはじめる。
いっぽう少女の家では、共和国派の叔父が息をひそめて潜伏していたが、殺された女性は彼の恋人だった。彼は自分の命もかえりみず、恋人を死に至らしめた犯人を追おうとする。
人を人とも思わぬ体制側にあって、およそ情というものとは無縁と思われているテハダ軍曹が、部隊の一員としてきわめるべき厳しさと、人間として示さずにいられない優しさのあいだで揺れるさまは、このうえなく人間らしくすがすがしい。彼を主人公として続刊があるようだが、戦後の荒廃した風景のなかから取り出されたさりげない一コマには、人間も捨てたものではないと、救いを感じさせてくれるものがある。
ついつい引き込まれて一気読み! エドガー賞最優秀新人賞受賞作
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『Xの悲劇』byエラリー・クイーン
エラリー・クイーンの名はとうから知りながら、この四部作(『Yの悲劇』、『Zの悲劇』、『レーン最後の事件』)のうちの1冊に、今ごろ初めて手を出したとは情けない……。背景を知らないわたしは冒頭の「読者への公開状」はわけがわからず??だったが、ストーリーには一気に引き込まれた。
まず1930年代という時代のせいか、登場人物たちがなんとものどかな印象で、がさつなサム警部にしろ相棒のブルーノ検事にしろ、どうにも憎めない。また謎解きを一手にになう往年のシェークスピア俳優ドルリー・レーンは、ハドスン河を見下ろす丘にハムレット荘という邸宅をかまえ、職業柄セリフの端々にシェークスピアを引用してなんとも雅な存在だ。
最初の殺人は、満員の路上電車のなかで起きた。株式仲買人のロングストリートが、自分の結婚を祝ってもらうために仲間を引きつれて乗り込んだ際に、何者かがポケットに放り込んだ針山コルクで指にケガをし、塗りつけられた毒で命を落とす。警察が捜査をはじめてまもなく、今度は情報提供を名乗り出た人物が殺される。さらに、警察が犯人と目しながら結果的に無罪で釈放された、ロングストリートの仕事上のパートナー、デウィットも殺される。
事件の根は思いのほか深く、その幾重にも絡んだトリックを、ドルリー・レーンは緻密な思考を積み重ねて解きほぐしていく。最後の最後に、本書のタイトルに、おもわず唸ってしまう一作。
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ポーランドの罠猟師に拾われ、辛酸を嘗めつくした末にアメリカのホテル王にのし上がるアベル、ボストンの由緒ある銀行家一族の御曹司として何不自由なく育つケイン。正反対の出自ながら奇しくも同じ日に生まれた2人は、ひとつの事件をきっかけに、目に見えない闘いを繰り広げながらその後の人生を生きる。闘いの果てにあるものは?
憎しみや怨みという負の要素は、ときにすさまじいエネルギーを生み出すが、得てして人の眼を曇らせ、心を頑なにする。だがエネルギーなくして、人が何かをなし得ることはないから、そこに大きなドラマが生まれる。本書は復讐に根ざしたサクセスストーリーであると同時に、戦争を冷徹に捉えた歴史小説とも、企業がしのぎを削るビジネスストーリーとも、あるいは男女の愛、家族の愛を描いたラブストーリーとも言える。アーチャーのちがった側面を見せつける重厚な大河小説だ。
ヨーロッパ、ロシア、アメリカと舞台はあちこちに移るが、さまざまな場面の描写は臨場感にあふれ、時代の流れを追う筆致は力強い。ただ作者も登場人物を突き放しきれなかったのか、後半はストーリーがやや易きに流れた印象を受ける。でもそのおかげで、後味の悪い思いをせずにすんでいるわけだが。
最近読んだなかでは珍しく「神の視点」で書かれていて、そのあたりを意識しようと思いつつ、ついついストーリーに取り込まれてしまった。なかなか客観的に読めない自分がナサケナイ。
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男が惚れる男、それがCIAの天才的暗殺者コナーだ。だができすぎる男は、とかく長官にとっては目の上のたんこぶになりやすい。ましてや、どんな手を使ってでも自分の地位の安泰を図ろうとするCIA女性長官が、アメリカ大統領にも内密で、コナーに国外での要人暗殺を命じていたとなると。
コロンビアでは大統領選の演説のさなかに、本命の候補者が暗殺された。アメリカ大統領が裏で糸を引いていたのではないかという指摘に、大統領は激怒してCIA長官を呼びつける。長官は小ずるく言い抜けたあと、今度は大統領選で揺れるロシアに、コロンビア暗殺実行者のコナーを送り込み、策を弄して抹殺しようとする。
任期の決まっている大統領など歯牙にもかけないCIA長官、黒を白と言いくるめる長官に業を煮やして更迭の証拠を集めようとする大統領周辺、スケープゴートを免れ、家族を守るためにロシア・マフィアの条件をのまざるを得ないコナー、それぞれの思惑が微妙に絡んだ、スピード感にあふれるポリティカル・スリラー。
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異色の論文を書こうと思い立った美術史専攻のディー。彼女は、かつて巨匠とも親交のあった老人から「失われたモジリアーニ」の存在を聞き出すと、その手がかりを掴むべく一路イタリアへ向かう。その道中、ロンドンで画廊を経営するランペス叔父と、映画女優をしている同窓生のサマンサにそれぞれ絵はがきを投函した。
ランペスとサマンサの周辺では、ふとしたきっかけで「失われたモジリアーニ」のことを聞きかじった人間が、ひともうけを企んで動き出す。その一方で、現在の画壇において八方ふさがりに陥ったひとりの画家が、友人の美術教師と手を組んで、大胆な贋作の制作に乗り出し、画壇に鉄槌をふり下ろそうとしていた。
登場人物が多く、舞台はめまぐるしく入れ替わり、話はどんどん拡散していく。これで最後はどうなるのかと思っていると、まずまずそれなりのオチがついた。「美術」や「贋作」を扱うわりに重厚なイメージからはほど遠く、軽快・軽妙のひとことに尽きる。脇役陣もかなりしっかり書き込まれていて、魅力的な人物像が多い。拡散のせいで、「その後」がわからずじまいの登場人物もかなりいるが、それが少しだけ寂しい。
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すご腕の女性弁護士として、また、法曹学院の次期学寮長の最有力候補として、ヴェニーシャは圧倒的な力を誇っていた。人間らしい情味にやや欠けるその人柄のせいで、必ずしも周囲とうまくいっていたとは言えないが、ヴェニーシャその人の人生は、法廷と執務室にこそあった。
殺人事件の犯人と思われる青年を自らの弁護で無罪放免にしたのも束の間、その青年が下心ありげにヴェニーシャのひとり娘に近づき、娘は近いうちに彼と結婚すると宣言する。かわいげのない娘とはいえ、スキャンダルを怖れるヴェニーシャは結婚を阻止しようと、別れた夫や現在の愛人に助力を求めるが、そのさなかに他殺死体となって見つかる。遺体には奇妙な細工が施され、外部の人間が侵入したとは思えなかった。だれが、なぜ、なんのために……?
舞台は法曹界ながら、裁判の駆け引きではなく、法に携わる人間たちの生の姿が透かし見えるところがおもしろい。またミドル・テンプル法曹学院という、限定された特殊な世界の内幕をひとつひとつなぞるような構成は、やみくもに事件の結末が知りたいという衝動より、ダルグリッシュ警視長とともに、内部の入り組んだ事情をゆっくりと解きほぐし、こういった事件の起きた背景をつぶさに辿っていきたいという気構えにさせられる。
ガマンのきかないわたしにしては珍しく、謎解きの過程をじっくりと楽しめた作品だった。
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『罪の段階』byリチャード・ノース・パタースン
サンフランシスコを舞台にしたリーガル・サスペンスもの。物語は、必死で冷静になろうとつとめる、緊迫した女性の描写から幕を開ける。取り乱すまいと自らを叱咤するメアリの眼に映るのは、ホテルの一室ですでに骸と化した男の姿のみ。テレビ・ジャーナリストして顔の売れているメアリは、「銃が暴発した」と救急に助けを求めた。
当初は、メアリの主張する「レイプ未遂」と「銃の暴発」ですんなりと解決するかに思われるが、メアリの供述が、検屍官が導き出した推論と大きく食い違うことから、「謀殺」の疑いが浮上する。果たして事件は「事故」か「謀殺」か。
単純な白黒決着の物語ではなく、解きほぐせば解きほぐすほど、人間にはそれぞれの過去があり、生活があり、性向があり、嗜好があり、秘密があることが浮き彫りにされ、そういったものを踏まえたうえで、なお「人を裁く」ことの難しさを考えさせられる。メアリを取り巻く人々を中心に、成功や名声、正義と嘘、異常性欲、力、男と女、父と子、家庭など、さまざまな側面から読ませてくれる一冊。
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ホントに超短編だ(^^;)。全550ページに50編入っているわけだけど、一番短いやつは、もしかして、3ページ? その中にミステリのひねりを入れなくてはならないのだから、作者も大変だ。
さすがにこの短さだと、オチが想像できるものも少なくなかったが、なるほどね、と思わせる作品もけっこうあった。読者を唸らせるだけの短編を書き上げるのはむずかしいと、どこかで読んだことがあるが、訳者陣もそうそうたるメンバーが名を連ねているようだ。やっぱり短編は、訳すのもむずかしいのかしら?? うーむ、短い中から物語世界をすくい上げなくちゃいけないから、ここでも読みと表現力が決め手になりそうだ。
もうひとつ嬉しかったのが、巻末の解説だ。超短編を上梓した作家48名全員について、短いながら役に立ちそうな情報がギッチリとまとめられている。ミステリ初心者のわたしには、これから重宝しそうな解説はとてもありがたい。
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